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東トルキスタン情報センター 2004
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2004年4月
9日 |
ウルムチ市民が遺体を持ってデモした
1980年12月にウイグル愛国者の作家アブリミット.メスド(Ablimit Mes’ud)が当局によって殴られ暗殺された。血に塗れた遺体を持ったウルムチ綿紡績工場の労働者数千人が市内に入った。途中で市民が合流し1万人に上って、ウイグル自治区共産党委員会のオフィスビルに入り、ウイグル民族への侮辱、圧迫を止めるように要求した。ウルムチ市民は通りの両側に集まって“中国独裁政権を打倒しよう!”、“中国侵略者を追い出そう”と大声でスローガンを叫んだ。
当時、憲法では“デモ自由”があったため、市民の要求を受けた振りをし、誓って、デモした市民を解散させた。北京政府が報復する為に、ウイグル自治区の安全庁の秘密警察を派遣し、撮影して、デモ参加者の写真を撮って“ブラックリスト”を作成したのである。デモを静める為に元々当局から派遣された“凶手”を逮捕し、殺害された作家を早く埋葬するように勧めた。作家が埋葬されてから、生まれつき約束を守らない中国共産党政権が憲法も違反しながら今回のデモを“反革命運動”と公表し、デモの指導者を逮捕し始め、多くの市民をもブラックリストにより逮捕したのである。
東トルキスタン全国で民族差別、圧迫がひどくなってきたため、インテリを始め、労働者、農民、学生などが不満を持っていた。当時、ウルムチ市民は民主的、合法的なデモと密かな反対運動も行っていた。
カシュガル市民が遺体を持ってデモした
カシュガル市で店を開いて商売している漢人が鉄砲を持っていた。当局の圧迫、弾圧に甘えた侵略者が1981年10月30日の昼間、あるウイグル青年を射撃して殺してしまった。
ウイグル民族はイスラム教を信仰している。侵略者は“ウイグル人を殺しても平気だ。葬式に百キロのお米、油、人参など葬式の料理に使う材料とお小遣いをやれば、“死亡は神様の命令だと思うウイグル人だから、問題にはならない”とファッショ的なことを言っていた。腹が立ったカシュガル市民はエイティガルモスクで葬式のお祈りをし、お墓に行かずにデモをした。
デモ参加者は早速3万人を越えて、侵略者の兵士、警察、公務員などを殴ったり、殺したりして報復し、当局の2500台の自動車を壊して、500台の自動車を燃やしてしまった。漢人を28人殺した。2000人を負傷させた。驚いたっ漢族市民は中国に逃げたり、侵略軍の保護でカシュガル師範学院に篭っていたりしたのである。
カシュガル市に駐在する侵略軍や警察がデモをコントロールできなかったため、他の地区から戦闘機、戦車、大砲と20万人の侵略軍でカシュガル市を包囲し、戒厳令を布き、デモ市民を強制的に解散させた。侵略軍は続けて市民の住宅を強制的に捜査し、“デモの指導者”と疑った300人のウイグル市民を逮捕し、死刑から無期懲役まで厳罰した。それから長い間にカシュガル市民、職員などが報復された。
20万人による軍隊、戦闘機、戦車、大砲などを動員し、武器を持っていない3万人をあしらう侵略者は意気地がなく無能である実態をさらけ出したのである。
(続く)
東トルキスタン情報センター
ウイグル太郎
2004年4月9日
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