東トルキスタンでウイグル人の古い墓地が
中国当局によって破壊されている
(生きているウイグル人も、お墓で眠っているウイグル人をも故郷から追い出す文明な中華民族 )

写真:紀元819年~1218年までカシュガルを都に、中央アジアで5百万平方キロの国土(今の東トルキスタン、カザフスタン共和国、キルギスタン共和国、ウズベキスタン共和国全体を含む)を誇り、繁栄したカラハン王朝の5代目など皇族の陵墓。10世紀の後半から2002年までカシュガル市民も埋葬されてきた“セイット・アルスランハン・マザル”と呼ばれてきた墓地である。2002年に中国侵略政府によって壊された。
中国当局は今年の1月に、カシュガル市の東北に位置する600年以上の歴史を持つ70ヘクタールの“タフタ橋”(板橋の意味)と呼ばれる墓地を強制的に移動させた。この墓地に道を造り、高圧電線鉄塔を配置して、中国から来る侵略人口のために生活区を造ろうと計画している。
この“計画”にカシュガル地区の傀儡役長であるカミリ・アブドゥッラ氏がサインしている。ここに先祖が眠っているウイグル人たちが、この計画に不満を抱き、カシュガル地区政府(中国語で行政公署)に申し立てに行ったところ、カミリ役長(中国語で専員)が対応して言った。「これは上級の命令です。無条件に実行しなければならない」。そして、現場に触れようとした人間はどうなっても知らないと脅したのである!
カシュガル市民の90%弱がこの墓地に先祖や親戚を埋葬してきた。ウイグル民族全体は1千年以上前からイスラム教を信仰してきた。イスラム教は土葬であるが、この墓地に眠っているウイグル人達を遠い郊外に移さなければならないと、当局は圧力をかけたのである。
カシュガル市の東にトゥメンコルという湖があり、その東側にカラハン王朝の5代目の王で、イスラム教をカラハンの国民に普及させるため、10世紀末に戦争で亡くなったセイット・アルスランハン(Seid
Arslanhan)の陵墓がある。ウイグル人及び中央アジアのトルコ系民族は、10世紀以来この墓を訪ねてきた。この皇族陵墓に10世紀から2001年まで何千人ものウイグル市民が埋葬されてきたのである。
2001年から中国当局は“カシュガルを開発する”という名目で、さらに多くの中国人流民をカシュガル市内に移住させるために、市民に祖先の遺体を郊外に移すように命令した。ウイグル市民が反対したが、2002年の夏に解放軍、武装警察を動員させ、市民を脅し、強制的に移させたのである。
この陵墓の土地に中国人のために広い道、北京政府の利益のためにホテル、“民族団結”という侵略者いっぱいの列車で来る中国人の為にアパートを建てたのである。
腹黒く貪欲な侵略者である中国政府は、東トルキスタンで市民の土地、家、店、バザル、学校、モスク、果樹園などを奪い取って、市民を郊外に追い出したばかりか、先祖の墓まで壊して、遺体も追い出している!
1944年11月12日東トルキスタン北部にあるグルジャ市を中心に東トルキスタン共和国が独立した。その大統領、総理大臣を始め、共和国のリーダ達は旧ソ連共産党の総書記スターリンの陰謀により、1949年8月29日にモスクワの安全委員会(KGB)の刑務所にて殺害された。その後、遺体は飛行機で東トルキスタンのグルジャ市に運ばれてきて、市内の“文化公園”と呼ばれる場所に埋葬された。毎年東トルキスタン国内や中央アジアの兄弟民族共和国から来た旅行者が、墓参りしてきたのである。
2002年中国ファッショ政府は東トルキスタン共和国のリーダ達の遺体をグルジャの郊外に追い出した!!! このような例は東トルキスタン全体で数え切れない。これは正常な人間としてみれば本当のテロリズムである!これは中国の国家テロである!
漢民族には宿敵の墓を壊す報復習慣がある。祖先の墓が破壊された中国人は非常に悲しく、不幸に感じたはずである。しかし、結局、中国共産党を宗教にし、その総書記を神様に思う侵略者となりはて、占領した国民の祖先さえも安らかに眠らせてはくれないのである。
東トルキスタン情報センター
ウイグル太郎
2004年2月21日
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