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         東トルキスタン情報センター  2003        

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2003年9月29日

東トルキスタンでウイグル市民の住宅やバザルの破壊が進んでいる!


東トルキスタンは中央アジアに位置する、1828418平方キロの広い地域の名前である。以前ウイグル族による東トルキスタン共和国が存在したが、中国共産党が侵略して植民地にし、この地域とその住民を軽視する「新疆」という名前を、1984年清の時代から続けて使用している。私たちにとっては誠に残念だが、現在では中国の「新疆ウイグル自治区」という名前で知られている土地である。 

 中国共産党は1955年から侵略という本質、ウイグル民族の圧迫・消滅という目的を隠し、マルクス主義の“民族理論”を独自の解釈で当てはめて、植民地の“民族問題”を“解決”したと見せかけて、「新疆ウイグル自治区」と呼んで占領し続けている。彼らは1950年、東トルキスタン政府に「誓った」時に、東トルキスタンの国民に「我々は国民党と違って、心優しい中国人であり、共産主義を理想とした良い天使達である。東トルキスタンに残った国民党の影響を排除し、復興を支援してから、3年後には中国に帰国する。東トルキスタンに解放軍も連れてこないし、悪意など全くない」と誓った。その後も同じ内容の誓約がなされ、公文書が作られ、毛沢東が1枚、当時の東トルキスタンのブルハン主席が1枚持ち帰った。

 そして、まもなく毛沢東が「新疆ウイグル自治区」と呼びながら、解放軍を東トルキスタンに移住させ、増やし、東トルキスタンの民族軍を1950年から1962年までに完全に解散、弾圧したのである。 

 1962年、カシュガルの西南で起こった中国−インド戦争で、中国の解放軍がインド軍と戦った。この地域は標高が高く、高山病も起こり、解放軍は雀のように死ぬしかない状態になった。仕方なく、まだ少数が存在していたウイグル民族の軍を集めて、コルム(崑崙)山でインドと戦争させた。民族軍はすぐさまインド軍を撃退し、中印国境は安定した。

 しかし、民族軍の戦いぶりを目の当たりにした毛沢東が民族軍をすぐ消せと命令し、解放軍を東トルキスタンの各地に派遣し、次々と政治風を吹かし、民族軍の将軍,指揮員、兵士などを何回かに分けて解散させ、数年に分けて消滅したのだ。 

 その後も文化大革命と言う悪魔の仕業としか思えない政治運動を起し、自国の漢族だけでなく、東トルキスタンの国民に対する圧迫・弾圧を強め、民族文化遺産を焼却した。自らの民族の血を忘れず、歴史や宗教・文化を尊び、習慣に則って生きる“少数民族”を“名ばかりの民族”にしようと必死になっていた。つまり、ウイグル族独自の文化を消して、中国の漢族に同化させようと必死し、失敗して、60年代の初めから消滅していたのだ。

 中華民国から中華人民共和国に、国民党から中国共産党に、南京政府から北京政府に、蒋介石から毛沢東、華国鋒、鄧小平、江沢民、胡錦祷と中国の支配層は代わってきた。しかし、東トルキスタンへの侵略、東トルキスタン国民に対する圧迫、弾圧、消滅、占領などの野望は、収まってくるどころかだんだんひどくなり、激しくなり、ウイグル人を民族として消滅しようとしているのである! 彼等の本質は全く変わっていない。変わり得ない! 

 まず、2600万人(中国侵略人口を除く)の東トルキスタン人を騙そうとしている。世界人類を騙そうとしている。彼らの悪意、ファッショ本質を隠そうとしている。図々しく東トルキスタンで「民族団結」を宣伝している。共産党のいう民族団結とは「中国人(漢族)はこの植民地で無条件に支配階級であり、この土地の持ち主であるウイグル人は無条件にすべて同意し、従うべきであり、圧迫されるべきであり、弾圧されても黙っているべきであり、消滅されるまで文句を言う権利はない」ということである。「土地,住宅、学校、モスク、民族文化、言語、文字、発言、経済、利益……など全てが奪われても、禁止されても黙っているべきである、非難したり、反対したりしたら“テロ”になる」ということを意味する。 

 20年ほど前から中国政府は東トルキスタンに中国人侵略者を増やし、着実に占領政策を進めている。鉄道に投資し、蘭州〜新疆鉄道(蘭新線)を複線にし、東トルキスタンから24時間絶え間なく、資源を運び出している。同時に、中国から流民を導き入れて、東トルキスタン各都市のウイグル人の土地、住宅、学校、文化施設、灌漑用水、耕地、草原などを奪い、ウイグル人を郊外や田舎に追い出した。援助やら、何やらと、さまざまな飾られた名目で中国人を移住させてきた。クムル(ハミ)、トルファン、ウルムチ、グルジャ,アルタイ、チョチェック(中国語で塔城)、コルラ、クチャ、アクス、カシュガル、ホタンなど、東トルキスタンの主要な都市には、いずれも大量の中国人が入ってきている。 

 中国政府は、東トルキスタン内での正常な宗教活動、就学、就職、貿易などに対する禁止、圧迫、弾圧、差別、消滅といった中国の国家テロに反対する行為や、ウイグル民族のすべての独立運動を、2001年同時多発テロ事件以降、まとめて“分裂”“非法”“テロ”などと“政治帽子”を被せて、中国人の流入を促進させようと必死になっているのだ。

 現在、東トルキスタンの中心であるウルムチ、グルジャ、コルラ、アクス、カシュガル、ホタンなど、東トルキスタンの全国で、町の中心に住んでいるウイグル人の昔ながらの平屋や23階建の家屋、店、バザルなどを壊し、郊外に追い出して、中国人のために住宅、デパート、学校、会社、病院、娯楽施設、警察局などを造って、都市侵略政策、悪魔政策を全面的に実施している。 

 確かに2008年北京オリンピックに向けて、中国全土で大規模な再開発が行なわれており、立ち退きをめぐってさまざまな問題が起きている。しかし、それは中国の国内問題であって、私たちの問題とはまた違う。

 最大の問題は、このような再開発の名のもとに、ウイグル人が街の中心の便利な土地から追い出され、昔からの土地をただで奪われ、代わりに中国人がどんどん入ってくることである。当然のようにその土地を所有することである。もちろんウイグル人に土地の売却費が入るわけがない。

 このような中国の再開発や「西部大開発」は、東トルキスタンの中国化を推進する名目に過ぎない。彼らは実際には東トルキスタンの文化遺産を壊している。環境を壊している。ウイグルの民族文化を抹殺している。 

 シルクロードの古い町、ウイグル民族の歴代王朝の都だったカシュガル市の中心にある賑やかなエイティガル広場やその周りのウイグル市民の昔からの住宅、店、バザル、職人街、そして日曜バザルを壊している。すべて観光客にも有名な、カシュガルらしさを色濃く残す地域であった。このウイグルの文化遺産ともいえる街並みもすべて壊してしまい、現在“再開発”が進んでいるところである。ウイグル人と観光客しか訪れない家畜バザルは、強制的に商売や観光に不便な郊外に移されてしまった。

 中国政府のこのような行為は東トルキスタン全土で行なわれている。ウルムチでもバザルは建て替えられ、たくさんの中国人が店を開いた。トルファンでは上海のテレビ塔を模したタワーが建設中だ。開発の名のもとにウイグル族の文化を軽視し、抹殺しようとしているのだ。 

 国連、人権組織、赦免組織、ユネスコ、世界各国政府……の皆さんはこれを見て見ぬふりをして黙っている。21世紀の今、世界は平和に向かっているはずであり、人権は確立され、民主は実現され、植民地の民族は独立に向かっている。そのような21世紀が始まっているということだ。

 東トルキスタン国民、はっきりいうと、世界中のウイグル人が全員消滅されるまで、東トルキスタン国土の人民が100%中国人になるまで、黙って待っていたウイグル人が中国で「民族団結模範民族」と呼ばれるだろう。彼らは国際組織や各国政府、国民に何と呼ばれるのだろうか。やはり「模範民族」と呼ばれるのだろうか。最近、よく考え込んでしまうのである。

 

中国政府によって壊されたカシュガルエイティガル広場と職人街

カシュガル市:寂しいエイティガル広場

中国政府に壊されたカシュガルの職人街

 

ウイグル太郎

東トルキスタン情報センター

2003年9月29日


© Uygur.Org  29/09/2003 16:25  A. Qaraqaş  日本語メール: uyghuristan@hotmail.com