中国政府が発行した『新疆の歴史と発展』白書について
アブドゥジェリリ・トゥラン(Abdujelil
Turan)
(イスタンブールにある「タクラマカン出版社」の社長)
ウイグル族による、自分たちの正義と当然の権利を守るための独立運動、目的も正しく、限度もわきまえている合法的な自衛運動が、2001年9月11日の同時多発テロ以降、敵対勢力によって“テロ”と侮辱されている。
中国共産党はこの“チャンス”を利用し、自分達がウイグル人に対して行なっている国家テロの本質を隠すため、東トルキスタンで数万人の無実のウイグル人を血生臭く弾圧し、数十万人を逮捕した。
この他に海外で生活していて、テロと全く関係のない、ただ中国に圧迫されはく奪されている人権を求めているウイグル人やウイグル組織を、国際社会に“テロ”組織として見せようとしている。ウイグル民族の海外での政治運動を止めさせる為、各国の中国大使館は、内容をねつ造した宣伝ビラや、本、ビデオCDなどを(無料で)発行してきた。さらに政治的影響を及ぼす為にこの『新疆の歴史と発展』(原題『新疆的歴史与発展』)という中国語でいう白皮書、いわゆる白書を発行した。
白書が発行されてから海外のウイグル人の間で議論が強まっている。私は遅ればせながら、ウルムチで出版された5月30日の『市場指南新聞』(565・566版)を入手して、掲載された全文を読んだ。中国政府が発行した白書に目新しい内容はない。
中国共産党政府は1950年以来、東トルキスタンはウイグル民族の祖国である事実を否定し、「中国の一部である」という「歴史」を作る為、全ての出版物を利用し全面的な宣伝を行ってきた。中国共産党は白書が発行される50年前から、東トルキスタンを永久に植民地にし、ウイグル民族を消滅するという陰謀を持ってきた。そのため、1950年代からこのような宣伝を続けてきたのである。 数え上げればきりがない。
『新疆ウイグル自治区概況』(1985年新疆人民出版社)、『ウイグル簡史』(1990年出版)、『新疆簡史』(1991年出版)、1991年新疆大学共産党委員会宣伝部が発行した『論文集』(これは有名なウイグル人歴史家トゥルグン・アルマス氏が書いた『ウイグル史』、『ウイグル古典文学』、『匈奴史』などを批判する論文選集である)。そして、1994年に出版の『汎イスラム主義と汎トルコ主義研究』、1997年新疆大学出版社による『祖国の統一を守る為の読物』、『民族団結教育読物』、新疆人民出版社の『新疆の各民族史』、1999年に出版された『新疆の反民族分裂闘争史』、『新疆各民族の簡史』、『中国のウイグル史と文化研究』(上下2冊、新疆人民出版社1988~2000年出版)、2000年の『汎トルコ主義文化の分析』、2001年の『独立か分裂紛争か』。
さらに2002年各国中国大使館によって発行された『東トルキスタンテロ勢力は罪業から逃げられない』。そして、1985年から毎年出版されている『新疆年鑑』など、さまざまな本や雑誌などで数百以上もの文章で、広く宣伝されてきたのである。今回の『白書』であろうが、それ以前の出版物であろうが、その根本的な問題は、歴史上、「ウイグル人及び他の突厥民族が東トルキスタンの民ではなく、最近東トルキスタンに現れた民である」と述べていることである。ウイグル民族史が徹底的に否定、歪曲されている。東トルキスタンが昔からウイグル民族の祖国である事実が否定されている。中国政府が出版した上記の書籍では歴史上、ウイグル人が建国した国家を否定し、或いは国土が最小限に縮められ、或いは『分裂政権』と侮辱されている。歴史家のみなさんには、中国政府のねつ造を暴き、真実を世に広く紹介していただきたいものである。政治的に、中国共産党政権は1950年以来東トルキスタン人民に実施してきた血生臭い弾圧、及び略奪政策をウイグル人民に対する“恩情”として、世に見せようとしている。が、恩情どころか、我々の祖国である東トルキスタンが、1949年10月に中国共産党政府の支配下に置かれてから、東トルキスタン人民が経験した色々な圧迫及び弾圧は1日も止まったことはない。 文化大革命時代だけではなく、改革・開放後の今日の“開かれた”中国政権が、ウイグル民族に実施しているファッショ政策は、世界のほかの何処に行っても見つけられない。中国政府は1950年3月に英雄オスマン(Osman
Batur)などの革命者を弾圧し、1954年12月にはアブドゥルハミット・ダモラ(Abdulhemit
Damolla)、フェティヒッディン・メフスム(Fethiddin
Mehsum)を始め多くの革命者を鎮圧した。1990年4月にはバーリン(Barin)革命を、1997年2月にはグルジャ人民を血生臭く弾圧した他、東トルキスタン各地で毎日様々な罪名でウイグル人を逮捕し、殺害している。この事実を東トルキスタン人だけではなく、全世界がよく知っている。
世界中の植民下に置かれたどの民族も、東トルキスタン人ほど圧迫されたり、悲惨な目に遭ったりはしていないだろう。 白書には 「計画生育問題で少数民族には漢民族より幅広い優遇政策を実行した」と書いてある。しかし、現実には中国政府は1980年代から実行してきた計画生育、いわゆる「一人っ子政策」で大勢の妊婦に強制的に中絶手術を行い、数え切れない赤ちゃんを殺害した。同時に多くの母親が死亡、または重病にかかったのだ。多くの母親が若くして生殖能力を失った。そのため東トルキスタン人の人口は減少してきた。
2000年に発行された『新疆年鑑』によると、人口コントロールに大きな成果があった1975年以来、新疆で国家の計画生育政策が強化された。特に1982年に少数民族の間で計画生育政策を実行する宣伝、教育が始まった。以来、コントロールのなかった毛沢東時代の人口爆発状態が徹底的に管理されるようになった。
改革・開放政策が実行される前の1955年から1977年までの22年で、新疆の人口が558万100人から1289万700人に急増し、毎年3.94%増加した。改革・開放政策を実行してから、新疆の人口は1978年の1233万100人から1999年は1775万人になったが、平均増加率が1.75%に下がった。計画生育政策が実施されてから10年の間、人口の増加はおさまり、それ以前の10年に比べて、850万人ほど出産が控えられたことになる。つまり、中国政府は10年の間に東トルキスタンで850万人の「少数民族」の罪のない赤ちゃんを殺害したということになる。例えればクウェート5個分、あるいはフィンランド1.5個分の国民が消滅したことになるのだ。
中国政府の一人っ子政策、実際には“計画生育殺人政策”は、ウイグル民族を徐々に消滅していると同時に、自然の道理にも背く行為である。 白書には、「各民族は自由に宗教を信仰する権利があり、各民族の公民は教育を受ける権利があり、各民族とも自民族の言語文字を使用し、発展させる自由がある」、「少数民族の自民族の言語文字を使用し、発展させる自由と権利は尊重、保障されている」と書いてある。実際はは30年の間に3回も、勝手に常用ウイグル文字を変更した(アラビア式ウイグル文字⇒ラテン文字⇒アラビア式ウイグル文字)
。これにも満足せず、東トルキスタン全国の学校で中国語教育を実施している。文化大革命でウイグル民族の宗教、歴史、文学の書籍を焼き尽くし、2002年にも東トルキスタンで百万冊のウイグル語の書籍を焼いてしまったのだ。
白書には、「少数民族の伝統的な文化は保護され、輝かしさを増やしている」と書いて、例として「伝承が絶えようとしている11世紀のカラハン王朝の二つの大作『幸せを与える知識』(ユスプハス・ハジプ著)と『突厥語大辞典』(マハムット・カシュガル著)は、政府の大きな支持と各民族学者の長期にわたる共同の努力を経て、1980年代に現代ウイグル語に翻訳して出版し、その後はさらに漢語の訳本を出版した」と書いてある。しかし、これらの本は中国政府の大きな支持を得る100年も前にヨーロッパ言語に翻訳、出版されている。トルコ共和国でも1930年代に現代トルコ語に翻訳、出版されている。1960年代にウズベクスタンで現代ウズベク語で出版されている。21世紀を目前にした1980年代になって、ようやくこれらの大作は、その著者の故郷であるウイグルの民の目に触れることとなったのだ。
ちなみに、16世紀の始めから18世紀の始めまで、2世紀ほどヤルカンドを首都にした中央アジアのウイグル国家・セイドハン王朝の史書『ラシド史』(Tarihi
Residiye)も、110年前には英語に翻訳され、ロンドンで出版されている。
宗教について、白書には、「宗教信仰の自由は尊重、保護されている」、「宗教界人士は政治に参与する権利を充分享有している」と書いてある。 そうだ、確かに中国政府は宗教信仰を“尊重”して、文化大革命時にコーラン(イスラム教の聖書)やその解釈書籍など全て焼いて、モスクの一部を壊し、一部を豚小屋に変えた。宗教家に無理矢理、イスラム教では不浄とされ、口にしない豚肉を食べさせ、「神様はいない」と言わせ、刑務所に入れ、僻地に流刑した。顔に墨をつけて町を引き回し、無期懲役としながら殺害した。これらの事実を、東トルキスタン人は忘れていない、いつまでも忘れない!
中国の政治に参与しているイスラムの宗教家とは、どのような人物であろうか。彼等は中国政府に忠誠を誓う極めて少数の宗教家である。白書によると新疆には宗教家が2万6500人おり、この中に政権問題を研究する「人士」は中国全国人民代表大会のメンバーに1人、政治協商会議のメンバーに4人いる。ウイグル語の表現でいうと「耳の柔らかい」、中国政府に忠誠的にサービスしている5人が東トルキスタン人を“代表している”ようである。この5人も東トルキスタン人によって選挙されない。政府が選んで決める。 彼らは中国政府の会議でどのぐらい発言権を持っているのか、東トルキスタン人の希望を北京にどのぐらい伝えられるか、彼等の発言を誰が聞いているのか。今日のウイグル人の現状がその答えをすべて物語っている。
上記は中国政府が宗教の姿の人間が政府内にいるということを、世界に見せる為に遊んでいる政治ゲームに過ぎない。
白書は、「法によって宗教団体の合法的な権益を保障する」、「宗教人士への宗教読物の提供を保障している」、「正常な宗教活動は法的保護を受けている」と述べている。宗教人物の正常な活動が法によってどのように保護されてきたのか。1999年10月にホタン地区だけで1日に「母語で宗教解釈した」との罪名でアブドルハキム・アフメット(Abdulhekim.Ehmet)、トフティ・アバベクリ(Tohti.Ababekri)、ハジ・ウメルジャン(Haji.Omerjan)など36人のイマム(モスクの代表)を逮捕し、7~15年の懲役刑にした。1999年ホタン市人民政府の公文書には、「布教人物、外国のラジオを聞いた人、外国の情報を受けた人、複製・発行した人、宗教宣伝資料を発行した人から1万元以下の罰金を取る(1元は約15円)」、「外国の宗教組織と連絡、交流、活動した人から3000~5000元の罰金を取る」、「重大な行動をしたものは刑法によって処置する」、「個人で人を集めてコーランを読んだ人から3000~5000元の罰金を取る」、「公務員、農村幹部、教師、全ての学生は宗教信仰の自由はない、宗教活動に参加する権利はない、学生の礼拝、断食を許した教師は処罰され、解雇される」と書いている。
2002年11月、フランス「リベラシオン(Liberation)紙」は「中国はムスリムを殺すチャンスを狙っている」と言う記事で、「中国はアフガニスタンで起こった戦争の機会に便乗して、アメリカ及び世界中の人々の目もはばからず、ムスリムに対して恐怖の圧迫及びテロ政策を実施している。中国のムスリム人民、特に1700万人が生活している東トルキスタンのウイグル、カザフ、キルギスなどのムスリム人民を血生臭く弾圧し始めた。同時に東トルキスタンで5人のウイグル人が処刑された」と述べた。 中国イスラム教協会の陳主席は「一部のモスクで行なわれたコーランの解釈は、中国の現状に合わない」と語った。彼によると、イスラム教の内容を中国共産党の思想に合わせて解釈すべきだそうである。これが、中国政府の“正常な宗教活動の保護政策”である。 これらは中国政府が東トルキスタン人民にくれた恩情である。
白書には、「宗教活動の正常な展開を保障するため、新疆はイスラム教の高級教務要員を育成するイスラム教経学院を創設し、高級教務要員を育成した……」とある。そうだ。中国政府は東トルキスタン人民及び、世界中の人々を騙すために1987年新疆イスラム学院を創設した。白書に自慢げにウイグル民族のために大きなことをしたとぶち上げているが、実はこの学院では5年間に1クラスしか、学生を受け入れていないのだ。この学院ではどのような授業が行なわれているか。宗教授業はどのぐらいか。実は教えられているのはマルクス主義理論ではないか。卒業したウイグル人の中で、何人が宗教関係の仕事に就職できるのか。何人が失業者のまま、焦燥に駆られているのか。何人が刑務所に入っているのか。これは東トルキスタン人ならよく知っていることである。 この学校は東トルキスタン人にイスラム文化を教えるためではなく、世界中のイスラム国家から来た訪問団に、展示するために存在しているのである。 同時多発テロ事件以降、中国政府は東トルキスタンのウイグル人民を世界に、特にアメリカに“テロリスト”と見せようと謀ってきた。民主国家に住んでいるウイグル人達の平安な生活をも壊すため、海外のウイグル組織の民族運動をテロ運動と侮辱し、世界各国にある中国大使館によって多くの宣伝ビラ、本、雑誌、ビデオCDなどのねつ造印刷物・出版物を無料でばらまいてきた。海外のウイグル組織の民族運動を止めさせようとあらゆる手を尽くしてきた。 とはいえ、中国政府のこれらの行為はアメリカを始め、全世界に知られつつある。
東トルキスタン情報センターによると、同時多発テロ事件以来、東トルキスタンで3000人のウイグル人が逮捕され、多くのウイグル人に死刑が実行された。 赤い中華帝国は、私達の祖国である東トルキスタンに侵略して以来、数え切れないねつ造宣伝と陰謀を企ててきた。今年5月中国国務院報道弁公室によって出版、発行された『白書』も全く科学的な価値のないねつ造であり、これは自らの政治力によって私達の子孫を迷わすと同時に、世界人民の前で自分達の侵略、凶悪な顔を隠す薄っぺらな仮面に過ぎない。
2003年7月
イスタンブールにて。
(ウイグル太郎 翻訳。9月18日)
東トルキスタン情報センター
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