カシュガル市でウイグル人の住宅が中国当局によって強制的に壊され、代わりに中国人流民が移住している

東トルキスタンの古都、中央アジアでサマルカンドと並んで3000年の歴史を持つカシュガル市は、長い歴史過程の間に東トルキスタン及び中央アジアの政治、経済、文化、交通、貿易の中心都市になり、またかつては古代シルクロードの要地でもあった。カシュガルというと「ウイグル民族」と連想する。
カシュガル市は20年ほど前から欧米人、日本人、中央アジア人、東南アジア及び台湾、香港などの観光客を引き付けてきた。世界各国の観光客や研究者を引き付けている理由は、中国政府が作ったカシュガル市の十字路の近くにある「人民広場」やカシュガル市「人民政府」の前に立てておいた毛沢東の像やその回りにサッカー場を壊してセメントで天安門の真似をして作った獅子の像、偽川や、カラコルム公路の東の端である十字路の大きな看板に張っておいた毛沢東、登小平、江沢民などの絵ではない!
ウイグル人の住宅を壊して、ウイグル人を市内から追い出して、かってに建てた中国式の東屋付きの中国人の住宅楼でもない。我々の祖先が長い歴史の間に創ってきた民族文化、宗教文化、貿易、生活などである。
中国政府は目前カシュガルの十字路の西側にある電信局から南に向かい文化路までのウイグル人の住宅、エイティガルモスクの真っ正面から有名な日曜バザルの近くまでの旧市街のウイグル人の住宅などを壊して、1㎡の土地代として200元を払うことで、祖先から残された住宅を追い出される状態になっている。市内の数千人が住まいを失い、郊外の空き地に家を建て直さなければならない圧迫に遭っている。市内の職人街、ウイグル人の伝統的な民家は壊され、その土地に中国の温州からきた流民に安く売ってあげ、カシュガルの魅力を無くそうとしている中国政府はウイグル人の抵抗を無視し、「もし家を建て直したいなら、1㎡に2000元ー3000元を払え、そして高いビルを建てろ」などの無理な要求を言い、ウイグル人に酷い圧迫をしている。住まいを失うウイグル人が北京まで行ってこのような圧迫を伝えたが、北京政府は大人しく帰ってくれと言い、戻してしまったのである。北京まで報告したからといって、カシュガル地区やカシュガル市の当局はこれらのウイグル人を逮捕し刑務所に入れている!
最近のことですが、中国当局はカシュガルで2月25日まで早速引越ししてくれ、と強制的にウイグル人を追い出している。今年の6月まで中国当局のその悪魔の「計画」が実施されるそうだ。
ウイグル民族の書籍を焼き、遺産を壊し、文化、言葉、文字を禁止し、灌漑用水を奪い取り、肥沃な耕地を奪い取り、資源を奪い取り、天山からウランを取り、原爆を作り、それを東トルキスタンでテストし、東トルキスタンや中央アジアの環境に残酷な汚染を起こし、ウイグル人の土地、人々、動物、鳥類、果物などに残酷な汚染を起こし、ウイグル民族や世界の合理的な意見、要求を無視して、自分達の欲望しか目にしていない中国当局はウイグル人の古都であるカシュガルの住民を追い出して、中国式のカシュガルを造りたがっている。こんな圧迫下に置かれているウイグル民族は一体どうすればよいのであろうか。日本人の皆さん、ご意見を聞かせていただければ幸いです。
中国共産党政権が東トルキスタンに侵略してきて,東トルキスタンを植民地にして以来,カシュガルの歴史位置が下がり始め,ロシアとイギリスの領事館も北京に移され,170km北のキルギスタンに行くのに5000km東の北京に行ってキルギスタンのビザを取って来こなければならない状態に変わってしまった。中国当局はウイグル民族の文化,宗教,言葉,民族身分及びその民を消滅させようと必至になっている。
1991年旧ソ連が解体し,ウイグルの兄弟民族が相次いで独立した。歴史の流れで今度は東トルキスタンの番がやってくるはずである。
1991年旧ソ連が解体した時、中国当局は緊張し,東トルキスタンの各地で毎日緊急政治会議を開いた。その内容は「ソ連の解体は間違いであり,続けて共産主義の道を歩み,ロシア人が全ての植民地の民族を圧迫し,国民の自由を強いて,民主に絶対近づけず,国家の大きさを守るべきで,世界中の資本主義国家の政治制度を変えて,共産主義を世界中に普及させるべきである」ということであった。しかし中国の意志に反し,旧ソ連は解体し,中央アジア各国が独立した。
カシュガル市のすぐ北にあるキルギスタンとの国境が1992年3月19日に観光客にオープンされた。近くのキルギスタンや遥か遠くのロシア,ウクライナーからも、観光や商売を目的にした旧ソ連人が、東トルキスタンのウルムチ,グルジャ,カシュガルに入国し始め,ウイグル人との交流が始まったのである。ウイグルの人々に大きな希望が生まれた。
中国当局は独立したばかりで経済基礎の固まっていないキルギスタンなど中央アジア諸国の「弱点」を利用し,国境をオープンし,辺境貿易、旅行を「発展」させ,また貿易で優先政策を掲げ,「援助」しながら,中国の官僚指導者が中央アジアへ足しげく通ったのである。例えば,1993年李鵬総理大臣がキルギスタンに5千万元(当時7百15万米ドルにあたる)を上げた。このお金は独立したばかりのキルギスタン人を助ける為ではなく,東トルキスタンの独立を応援させないためであり,キルギスタンにいるウイグル人に独立運動を止めさせるのが目的であった。現在でもこう言う汚い商売が続いている。
東トルキスタンに中国から多くの兵隊,移民を流入し,中央アジア貿易をコントロールし,市場を独占し,中国の偽物で儲けることなどを目的とした中国当局は1999年12月6日に鉄道をカシュガルまで繋げて,開通式を行った。開通式には中国全国人民代表大会の委員長の李鵬が寒い季節にもかかわらずカシュガルに来たのである。
初めて来た列車はカシュガル人に戦車を運んで来たのである!その戦車の一部が中国から輸送途中で壊れたので、解放軍の兵士達が数日間かけてカシュガル駅で修復した。その場面を見たカシュガル人は民族の未来,残酷な弾圧を想像しなけばならなかった。当時は外国人の観光客がこの様子を撮影したり,近いうちに戦争があるのかと聞いたりしていた。ウイグル人を殺すために来たことは多分想像もしなかっただろう。
初めて走り出した列車には図々しく「民族団結」の文字が各車両の壁に貼られてあった。列車のウイグル人乗務員が私に言う話に拠ると開通式の前に「鉄道部の内部」で会議があり,「カシュガルは民族分裂主義の多い町,好きな時に蜂起を起こし、列車を爆発させたりするかも知れないから,気をつけてください,一人で市内に行ったりしないで下さい」との指示があったそうだ。
中国当局は鉄道をカシュガルに繋げ,続けてカシュガル市内の東西、南北の道路を拡張して,コンクリートで造りなおしたのである。この現象は一見「カシュガルに投資して,カシュガルの経済を発展させ,カシュガル人に便利な条件を提供してあげる」かのように見えるが,実は黒心の中国当局はウイグル民族の大規模な独立蜂起を弾圧するのに,29kmの軍事空港の滑走路を造ったのである!
カシュガル市に近い郊外にあるネゼルバグ郷(北)、シャマルバグ郷(西)、ドレットバグ郷
(東)や,トックザック県、イエギシェル県の一部の建物,ウイグル人の住宅,肥沃な耕地,学校などを中国の軍隊,兵団機関、兵団の会社などにかり上げ,ウイグル人を強制的に遠くに引越しさせ,ある所では安い部屋代を払って,ある所では一銭も払わずに祖先から遺産として残された家から追い出したのである。
最近,中央アジア及び世界で有名なカシュガルの日曜バザルの西側(トゥメン河橋から西)のウイグル人の店,住宅などを壊して、温州から来た中国人流民商人にその土地を安く売る計画を立てて,持ち主のウイグル人を郊外に追い出し,もし期限内に引越ししなければ,ブルトーザーで壊してしまう,と脅かしている。
カシュガルの目立つところであるこの土地をウイグル人から奪い取り,中国人の侵略者商人に安く売るというのは何を意味するのだろうか。中国当局のこの「知らせ」を聴いたウイグル人は抵抗しているが,もし早く引っ越ししなければ共産党の政策に反対したとの「罪」で,強制的に家を壊し,一銭も払わない,と言っているのだ。
中国人は東トルキスタンの一番美しい土地を多く占領して,汚い,文明なしの中国人移民を移住させ,綺麗な東トルキスタンの土地に汚染を起こしている。中国当局は各地でウイグル人を追い出してきた。それでもまだ足りず東トルキスタンの古都で,アジア及び人類文化の発展に力を入れた学者を育てた町,ウイグル民族の揺り篭の町であるカシュガル市のウイグル人をも自宅から追い出して,中国人流民のためにその土地を取り上げようとしている。
海外にあるウイグル組織や海外に住むウイグル人、国連,ユネスコ、及び世界各国の政府,組織、シルクロードが好きな皆さんがこの事実を重視し、中国政府や中国人の野望を止めさせ,シルクロードの古い町カシュガルを自然のまま守るように努力して頂けるようにお願いします。
ウイグル太郎
東トルキスタン情報センター
2003年2月20
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