クルバン祭と東トルキスタン

イスラム教は世界の3大宗教中一番若い宗教で、13億人が信仰している。
中央アジアで400年続いたカラハン王朝(紀元819―1218年、首都はカシュガル)の3代目の王様スルタン.ストゥック.ブグラハン(Sultan.Sutuq.Bughrahan)が926年首都カシュガルでイスラム教を国教と発表して以来、1077年間に東トルキスタンのウイグル人はイスラム教を信仰してきた。イスラム教のお祭り、文化などは宗教を越えてウイグルの民族習慣になっている。今年2月11日(明日から)はイスラム教のクルバン祭で、世界中のイスラム教徒がこの祭日を祝う。
クルバン祭はイスラム暦の12月10日行われるお祭りで、「クルバン」は「犠牲」の意味である。イスラム教によると、紀元前12世紀にイブラヒム使者(予言者)がAlla(神様)に対する真心を表す為に自分の息子のIsmayilをいけにえにし殺そうとしたとき、Allaから一匹の青い雄の羊を与えられ、それを殺したことから始まった祭りである。
東トルキスタンではウイグル、カザフ、ウズベク、タタル、キルギス、タジク、回族などがイスラム教を信仰している。ウイグル人は毎年クルバン祭の最初の日には男達が朝早く体を清めてから晴れ着を着、近くの大きいモスクに集まり、クルバン祭のお祈りをし、祖先や親戚、親友の御墓参りをする。それから各自の家に帰り、羊や牛などを殺し、隣人、親戚、親友の家を訪問する。大人は子供達に小遣いをやる。大きいモスクの前に集まり、ナグラ(叩く楽器)、スナイ(チャルメラ)の音楽に合わせて、7歳から70歳までの男達が「サマー」と言われる民族踊りを踊る。踊らない男や女はそれを見て楽しむ。ウイグル人全員が①お祭りの前に大掃除をする。②新しい服を着る。③女性はお祭りの前から色々なお菓子や民族料理を用意する。④子供に小遣いをやる。⑤お祭りのお祈りに行った男達は貧乏な人にお金などを上げる。金持ちは収入の1/40を貧乏な人に上げる。⑥お祭りの間に親戚、親友、隣人などの家を訪問し、お互いに今までの紛争や喧嘩などを許しあい、仲良くする。⑦お祭りの最初の3日間、女性は接待で忙しいので、その後親戚、隣人、親友の家を相互訪問する。これらは民族の習慣になっている。
1955年東トルキスタンが「ウイグル自治区」に改名され、中国共産党が宗教になり、毛沢東は「神様」になった。自分の人間身分を忘れた毛沢東はイスラム教を認めずモスクを壊し、ウイグルなどイスラムを信仰している国民を軽視、圧迫してきた。
中央アジアの兄弟民族が相次いで独立し、東トルキスタンも独立に向かって、民族運動を強めてくると、中国共産党政府は宗教に厳しい制限を作り、一部のモスクを壊し、東トルキスタン全体のモスクをも厳しく監督するようになった。毎年クルバン祭のお祈りの前、田舎にまで警察、幹部などをモスクに派遣し、ウイグル族の幹部、教師、研究者、学生などの礼拝を禁止し、お祈りの内容まで監督している。東トルキスタンの農村ではお祈りの呼びかけに使うスピーカを取ってしまい、各市や県の大きいモスクでもスピーカの殆どを取ってしまい、残りのスピーカのパワーを弱くして、遠くまで聞こえないようにしている。現在では東トルキスタンの有名なエイティガルモスクからの呼びかけも300mの所までしか聞こえないのである。中国当局は、不都合があれば弾圧する目的で、お祭りのお祈りの前から大きなモスクの周りに武装警察を置いて、ビデオカメラでムスリム民衆のお祈りを撮影している。
今年はクルバン祭の前に中国人の春節があったので、彼らの安全を脅かす「可能性がある」と考えられるウイグル人を多量に逮捕し、ウイグル民族のクルバン祭に哀悼の悲しみを与え、数千軒の家族の安定を壊したのである。世界中のイスラム教徒が楽しく迎えるおめでたいお祭りの日を、東トルキスタンのウイグル人は悲しみ、哀悼の気分で迎えようとしている。
東トルキスタンに来ている中国人流民は東トルキスタンではVIPで、中国共産党とその武装部隊を信仰している。これら「神様」が勝手に、好きなようにウイグル人を逮捕したり、殺害したりして、彼らを守っているのである。
21世紀のこの世界に正義、人権、宗教信仰の自由はないのだろうか。
ウイグル太郎
東トルキスタン情報センター
2003年2月10日
|