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東トルキスタン情報センター 2002
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2002年12月14日 |
東トルキスタンにおける中国解放軍のグルジャ市での過分行為

中国解放軍は1949年に東トルキスタンに来た当時まるで乞食のように悲惨だった。東トルキスタンのウイグル人は彼らを可哀相に思い、食料品や果物、寝るところなどを提供したのである。しかし、中国解放軍は東トルキスタンで何一つとして解放しなかった。ウイグル人の美味しい食べ物を食べて、お腹をはらした解放軍は、武器を持ち、東トルキスタンの土地を占領し、ウイグル人の人権を無視して、デモや蜂起、学生運動、農民蜂起、独立運動などを弾圧してきた。
東トルキスタンでは、2002年12月6日から断食明けのお祭りの法定休日であった。12月7日、もちろん学校も休みで、東トルキスタングルジャ(中国語で伊寧という)市文化公園に遊びに行った小学6年生(12歳)のアディリジャンマムティなど数人
が公園の中でお酒を飲んで酔っ払った解放軍兵士たちに暴行を受け怪我をした。
公園でお酒を飲んでいた兵士たちが小学生たちを呼んだが、子どもたちは怖がって応じなかった。すると一人の兵士が立ち上がり12歳のアディリジャン.マムィの顔を殴った。その子が泣き出すとさらに続けて殴ったり、足で蹴ったりした。
他の兵士たちは、それを見ながら喜び、笑ったり敵をいじめた英雄のように楽しんでいた。小学生を殴った兵士も喜んでいた。怪我をした小学生は家に帰り母親のラズヤさんに報告した。母親は怪我をした息子の写真を撮ってもらい、息子を連れて近くの警察署に行ったが、警官が「我々はこの事件を処理できない、上級警察局に訴えてください」と拒んだ。グルジャ市の警察局や役所などに行って訴えたがやはり「処理できない」と言われ、家に帰り泣きながら悲しんでいた。
1944年建国された東トルキスタン共和国の殺害されたリーダ達のお墓のある文化公園でウイグル民族などイスラム教徒のお祭りの日に中国の軍人達がお酒を飲み、ウイグル少年を怪我させたのグルジャ市民や全てのウイグル人が不満で怒っている。
解放軍、武装警察、秘密警察、治安大隊、防暴大隊、公安警、兵団などは中国共産党の「偉い身分を持った人間」で、法律どころか人権、人間的な道徳意識さえないのだ。
東トルキスタン情報センター
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