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         東トルキスタン情報センター  2002        

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2002年11月25日

中国当局が東トルキスタンで実行している農村政策


内陸アジアの歴史を開いてみると、中央アジアの農耕は8千年前から始まり、中国・揚子江下流域の稲作農耕は7千年前に始まっている。ウイグル民族は祖先から狩猟、遊牧、魚業、農耕、手工業、商業などで生活をしてきた。また、ウイグル族は突厥民族の中で最も早く定住生活を始め、農業に従事しており、各地区の地理的状況、気候、バザルを考えながら耕地に何を栽培するかを決めてきた。雪解け水を利用して中央アジアの各砂漠にオアシスを造り、果樹園で自分たちの文化を楽しんできた。

新中国が出来る前夜、東トルキスタン共和国は罠に填まった。民族のリーダ達がスターリンに誘われ、無条件の独立共和国を創る意志を示したためソ連の安全委員会に殺害された。そのことをスターリンは世界に「北京に行く途中飛行機が墜落して遭難した」と発表し、東トルキスタン共和国とその民を中国に引き渡したのである。

1955年新疆ウイグル自治区ができ、計画経済が実施された。毛沢東の死後、鄧小平が登場してからは計画経済から市場経済に向かい、中国の農業政策でも大きな改革が始まった。だが、1989年北京で天安門事件が起こり、中国当局に弾圧された。続けて1990年4月5日には東トルキスタンのカシュガル地区西南のバリン郷で農民武装蜂起が起こり、中国の武装部隊、解放軍に弾圧された。ゆりかごで寝ている赤ちゃんまで殺害されたのである。その後、中国の東トルキスタン農村政策に「改革」が起こり、農民の自由な時間が奪われるようになった。中国当局は、毎年東トルキスタンの耕地の50%から70%に綿花を栽培する政策を決め、警察や共産党の幹部の監督下でウイグル農民に強制的に綿花を植えさせた。対外宣伝では「綿花は経済作物で、綿の収益で農民を豊かにする」と言いながら、秋になるとウイグル農民の綿花の収益金は「ビニールフィルム代、化学肥料代水代、幹部の収入、教育基金、社会福利」などの名目で取られる。2月から11月まで畑を離れずに働いた農民は収入が入らず貧しい。経済作物である瓜、西瓜,油植物、果物などを栽培すれば警察や共産党の幹部に取られてしまう。だから、ウイグル農民は綿花のことを「政治作物」と呼んでいる。綿花栽培の耕地面積が増やされ、主食である小麦、稲、トウモロコシや果物、野菜などを栽培する耕地は少なくなり、毎年春になると食用や種に使う穀物が不足し、農民は家畜を売って小麦や米を買っている。農民は衣服、生活用品、農耕道具、子供の教育、結婚、葬式、祝いなどのためのお金にも困っている。

祖先の代から砂漠にオアシスを造り、耕地に何を植えるべきかよく分かっているウイグル農民は中国当局に「綿花を植えろ」と強制されなくても、綿花を栽培して、衣服や布団などを作って、幸せに生活してきた。
警察、幹部などは強制的にウイグル農民に綿花を栽培させ、決まった加工場に政府が決めた安い値段で買い取らせ、3万元から数万元にのぼる上前をはねている。最終的に、中国当局はアメリカや日本などに輸出して利益を上げているが、2月から11月まで綿花を栽培するウイグル農民の貧困状態はだんだん悪化している。

更に中国当局は毎年ウイグル農民を3ヶ月以上も義務労働に派遣している。義務労働とは農民が幹部の監督下でどこかの小川、水路、道路、発電所、新耕地の開発などに派遣させられることである。しかし、交通費、食事代、泊まる部屋代などは自分で負担し、当局は一銭も支払わず、逆に義務労働に行かなければ罰金を取るのである。

12年前まで東トルキスタンの農村には漢族が郷共産党委員会の書記だけだった。4-5人しかいなかった郷共産党や政府の科、副科級幹部は、今では15人から20数人まで増やされ、県、地区、自治区からウイグル農民を監督するために幹部を色々な役職で派遣している。これらの幹部は殆どが漢族であるが、ウイグル幹部もいる。彼らは農民の家に住み込み、一緒に食事をし、一緒に畑や義務労働に行き、24時間監視している。ここには法律も人権も存在していない。

ウイグル民族は10世紀の初めに仏教からイスラム教に改宗し、信仰している。毎日5回お祈りをする。朝のお祈りの前にメーズンという人がアラビア語でお祈りの呼びかけをする。中国当局は、東トルキスタンの農村のモスクにスピーカをつけ、毎朝中国人の音楽や歌などを大音量で鳴らして、呼びかけやお祈りの邪魔をしている。当局は年に2回あるお祭りでもウイグル幹部や教師などのお祈りを禁止し、各モスクに警察や幹部を派遣して、監視している。農村のモスクで日常的なお祈りをするウイグル農民や商人も監視して、当局の「意にそぐわなければ」数十人を団体逮捕したり、高い罰金を取ったりしている。宗教関係の理由で逮捕されたウイグル人は「政治犯」とされ、家族との面会もできない。家族が刑務所へ食べ物を持って行っても受け付けてくれません。今までにどのくらいの人がこういった理由で刑務所に入れられてきたかという統計は一切公表されません。

ウイグル農民に対する「計画生育」政策は1988年始まり、法律に定められている。一人目の子が生まれて4年以上経たないと二人目の子を生むことができません。その法律を守らなければ罰金を取られる。ウイグル婦女が四人目の子を妊娠して産もうとすると、共産党の幹部が警察と協力してその妊婦をトラックや車に乗せて産婦人科に連れて行き、妊婦はお腹に注射され中絶させられる。中絶によって死産で産まれたり、産まれてすぐに死んでしまったり、子供を殺害された妊婦が精神病や他の病気にかかり、死に至ることもある。中国当局の「計画生育」政策が原因で多くのウイグル婦女が病気にかかり、病死している。

中国当局は厳しい政策を実施しているが、使われている避妊薬は副作用が強く、色々な病気を引き起こしやすく、避妊の効果がないこともある。失敗して妊娠すれば、赤ちゃんは強制的に殺され、婦女も被害を受ける。被害者が報復のために計画生育関係の幹部を殺傷するという事件が起こっているのも事実である。
東トルキスタンの国土は日本国の約4.5倍に当たる。いくら子供を作っても充分な土地、資源、食べ物がある。

東トルキスタンのウイグル人に厳しい制限を設けると同時に中国から多くの中国人を東トルキスタンに流入させ、人口を増やしている。これらの侵略者は中国人の子供を産んでもウイグル地区に戸籍がなく、彼らには何の制限もありません。中国の目的は悪魔のような軍隊、武装警察、警察などの擁護の下で、東トルキスタンに中国人を移住させ、中国とし、資源を奪い取り、害虫のような中国人を育てていくことであろう。

中国の対外宣伝は殆ど偽りであり、国内では民族問題や民族圧迫、国家テロなどを隠し、顔を赤く染めて、国連や世界各国には東トルキスタンやチベット問題を中国の「国内」問題だと言い騙してきた。外国の新聞記者が東トルキスタンに来れば、中国当局は緊張し、北京の外交部、公安部、安全部、所謂「ウイグル自治区」の政府の役人、安全局、公安局の警察数十人が直接あるいは間接的に監視している。全ての電話を盗聴し、ウイグル人との会合や会話を禁止している。新聞記者がウイグルの生活、文化などを尋ねると、ウイグル人ではなく、中国人が「代わりに」答えてくれる。

今はアメリカの自由アジアラジオ(RFA)などウイグル語の放送があるので、ウイグル人はそれらを聴いている。しかし中国当局はそれを警戒して各地区に受信を妨害する施設を作り雑音を流したり、ウイグル農民や学生のラジオも没収している。
これが東トルキスタン農村の現状である。

ウイグル太郎 2002年11月24日


東トルキスタン情報センター
  


© Uygur.Org  25/11/2002 19:50  A. Qaraqaş  日本語メール: uyghuristan@hotmail.com